「あなたの心に…」
第2部
「アスカの恋 激闘編」
Act.34 ホワイトデーは2人と1霊で
う〜ん、冷静になって考えてみたら、よくシンジがOKしたわよね。
私と、シンジに片思いの娘のぬいぐるみと一緒に遊園地だなんて。
しかも、シンジにはレイって彼女がいるにもかかわらずよ。
へ?わ!レイの事、忘れてた!
一言いっておかないと、誤解してショック受けちゃうよ。
「アスカも苦労性だね、本当に。普通はそんなの気にしないでガンガンいっちゃうのに」
「仕方ないじゃない。私だって、自分で縁結びしてなきゃ、遠慮なんかしないもん。
相手が世界一の大富豪の娘で、世界で2番目の美貌の持ち主であっても、
私は戦うわ!戦って、愛するシンジを私のものにするの!」
「か、過激、ね。で、世界で一番の美貌って…。や〜めた。聞くだけ馬鹿らしいわ」
「そうよね、一般常識だもん。
はぁ…、そんな私がレイにだけは勝負できなくなっちゃうなんて…」
「しかも、その原因を作ったのは自分自身だから、誰も責められないもんね」
ぐっ!そ、その通りよ。
自業自得、いえ自縄自縛よ。はぁ…この日本語、よくできてるわ。
今回も遊園地デートは嬉しいけど、凄く嬉しいけど…、滅茶苦茶に嬉しいけど!
はぁ…、レイに何て言ったらいいんだろ。
ん?マナがニヤニヤして私を見てる。
「何よ?」
「アスカを見てたら、面白い。
赤くなったり、青くなったり、にやけてたと思ったら、しょげちゃったり。
10秒くらいで表情が変わるよ」
「はいはい。よし!笑われついでに、レイに電話しよっか。何とかなるでしょ」
「出た!アスカの必殺技、出たとこ勝負!」
「はん!刻々と変わる情勢に即座に反応する素晴らしい対応力って言って欲しいわ」
「ごめん。覚えられないから、出たとこ勝負ってことで」
「まあ、いいわ。知性で、マナに期待はしてないから」
「ひっど〜い!」
「期待して欲しい?」
「はい、電話、電話」
私はマナをじろりと睨みつけて、携帯電話を手にした。
さあ、行くわよ!アスカ!
数分後、呆気にとられた表情の私がいた。
レイがあっさりと了承したの。ホントにあっさりと。
「変よね。OKするにしても、
もうちょっと戸惑ったり、嫉妬したりしないとおかしいわ」
「相手がアスカだから信用してるんじゃないの?」
「う〜ん、それでも、何か笑顔交じりでって感じだったし」
「まあ、よかったじゃない。怒ってなかったんだから」
「でも、気になるのよ、私は。事件の匂いがするのよ」
「いよっ!名探偵アスカ!」
「う〜ん、やっぱり、シンジかな」
「え?シンジが?」
「そう、私の推理が正しければ…、
だってレイが素直に言うこと聞くのって、シンジしかいないもん」
「あ、そうか」
「きっと、あとで彼女にばれて酷い目に遭いたくないからだわ。間違いないわね」
「なるほど」
「あ〜あ、彼女のOKもらってのデートって…」
「いや?」
「ううん、やっぱり嬉しいよ!」
それが本音。紛れもない本音。
どんな理由であっても、シンジと一緒に遊園地だもん。
嬉しくないわけがないじゃない!
「じゃ、私のこともよろしくお願いします」
マナがペコリと頭を下げた。
こんなの見せられると面倒見たくなっちゃうのよね。
「大丈〜夫!任せてよ!」
でもって、その当日。
何のぬいぐるみにするかで、マナと言いあいをしたけど、
結局、あのお猿さんのぬいぐるみに決めたの。
マナがどうしてもアレがいいってゆずらなかったのよね。
その遊園地はテーマパークって程の大きさじゃなかった。
それでも日曜日だから、さすがにお客さんは多いわね。
「さあ、バカシンジ。このぬいぐるみだからね。一日、ず〜と、抱きしめておくのよ!」
私はデイバッグからお猿さんを出して、シンジに手渡した。
シンジが素直に受け取って、軽く胸に抱いたら、
なんとなく腕の中のお猿さんが笑ったように見えた。
きっと、マナ喜んでるよね。
さぁて!2人と1霊のトリプルデートの始まり、始まり!
何よ、これ?
どうしてこんなにスムーズにアトラクションが消化できるの?
並んでも20分くらいで、すいすいと乗ったり入ったり出来るのよね。
これって、私が強い運の星の下に生まれてきたから…、というわけじゃなさそうね。
じゃシンジ?
あ、ひょっとして事前調査してくれてたの?
うわ!それって、凄く嬉しいな!
「あれ?ジェットコースター、あんなに並んでる…」
シンジが目的のジェットコースターの前で立ち止まったわ。
「そりゃあ、全部すいすいいくわけないでしょ。さ、並ぼ」
私が列の最後に並ぶと、後に付いてきたシンジがボソリと呟いた。
「先週はこの時間で空いてたのに…」
「え、先週って。先週も来たの?」
「あ、ごめん。実は…、あの…」
しまった!って顔してる。どうやら調査のために来たんじゃなさそうね。
そっか…、レイか。はは〜ん、それでレイがあんなに素直にOKしたのか…。
なんか、ちょっと…、寂しい…な。
「アスカ、ごめん。綾波さんが予行演習だって、どうしても…」
「はん!どうして、謝るのよ。レイは馬鹿シンジの彼女でしょうが!
アンタたちがどこへ行こうが、私に関係ないじゃない!」
こんなこと言いたくないよ…。
「ごめん。本当に」
あ、駄目だ。今日はマナのためじゃない!
悔しいけど、寂しいけど、哀しいけど、
堪えるのよ!惣流・アスカ!
「て、怒っても仕方がないし、今日は今日でいいじゃない。
並んで乗るのも遊園地らしくていいしさ。
ほら、今日のスペシャルゲストもそう言ってる」
私がわざとおどけてお猿さんの頭を撫でると、
硬かったシンジの表情が明るくなったわ。
やるわね。綾波レイ。
さすがはレイだわ。アクシデントをすかさず自分の利益にすり替えるなんて。
やっぱり、大財閥の跡取娘よね。
ジェットコースターに乗ってしまうと、ちょっとブルーだった気分も晴れちゃった。
結構スリリングで楽しかったわ。
隣のシンジは少し苦手だったみたい。
動いている間、ずっとお猿さんをぎゅって抱きしめていたわ。
マナ、どう?気持いい?
「なっさけないわねぇ、アンタ男でしょ」
「駄目なんだよ。ちっちゃいときから…」
「へぇ、子供用でも駄目だったの?」
「うん、いつもマナに…、あ…」
マナ。
初めてシンジの口から、マナの名前がこぼれ出たわ。
マナ。
不用意に出てきたその名前に、シンジ自身が驚いている。
シンジが少し俯いて、胸の中のお猿さんをぐっと抱き寄せたわ。
そのお猿さんにマナの魂がいるって事なんか、わかるわけないよね。
でも、これはチャンスよね。
心の中に鬱積したものは、外に出すべきなのよ。
「知ってるよ。マナのこと…。私の部屋の前の住人でしょ」
シンジが私の顔を見つめた。かなりびっくりしているわ。
何も知らないと思ってたみたい。
「シンジの幼馴染だったんでしょ。それで…」
ごめんね、シンジ!マナ!
言わないと、ここで言っておかないと、シンジはいつまでも引きずっちゃうの!
「事故で死んだんだよね」
「…僕のせいなんだ…!」
シンジが血を吐き出すかのように、言葉にした。
「僕が悪いんだ。僕があんなことしなければ!」
せ〜の!
バシッ!
「これはマナの分」
バシッ!
「こっちは私の分よ」
シンジは両方の頬を真っ赤に腫らして、呆然と私を見ていた。
「足りなかったかな?」
「あ、アスカ…」
「痛い?」
「え、あ、いや…」
バシッ!
「そうね、これはご両親の分かな?」
「ど、どうして」
「痛いときは痛いって言うの!ただ我慢してるだけじゃ、何も始まらないのよ!
マナも、そのマナって娘も、ただ悲しんでるだけのシンジなんか見たくないの!」
「アスカに…、アスカにマナの気持が分かるわけないじゃないか!
会ったことも、話したこともないだろ!」
シンジ…。
私、マナの親友なんだよ。毎日、会って、お喋りして…。
マナの気持は多分この世の誰よりもわかってる。
ごめん、シンジ。たぶん、シンジよりも、ね。
「わかるわよ。私もマナって娘と同じ。
碇シンジという男の子を…友達以上に家族みたいに…(好きって)思ってるんだもの」
私は口に出せない言葉を心の中だけで話した。
「アスカ…」
「マナは、マナって娘なら、きっと今みたいにシンジをぶん殴ってると思う。
違う?馬鹿シンジ。よく考えて」
シンジはお猿さんをきつく抱きしめたまま、考え込んでる。
ごめんね。ホッペの紅葉が痛そう…。手加減しなかったもんね。
「そう…かも…、マナでも…殴られてたかも…いや」
シンジはにっこり微笑んだわ。
「間違いなく、アスカみたいに僕を叩いてたと思う」
「でしょ?
だから、別にマナのことをアンタの胸の中にしまいこんで置く事はないの。
マナのことを話したくなったら、私がいくらでも聞いてあげるわ。
マナって娘、私と似ているみたいだし」
「暴力的なところとか」
「あ!馬鹿シンジ!」
「ごめん、ごめん。…ありがとう、アスカ」
「え?」
「何か、少し楽になったよ。マナのことを話せる人ができたって考えたら」
「そうでしょ。ほら、言いたいことがあったら、ど〜ぞ」
「え、え〜と、そう改まると、出てこないや」
「はん!拍子抜けしちゃうわね、もう。
ま、これからも、マナのことを話したくなったら、いつでも言いなさいよ。
聞いてあげるから」
「うん、ありがとう」
「お、お礼なんていらないわよ。3発も殴ってるんだから」
「あ、そうだよね。容赦なく全力でやってくれたもんね」
「さて、お昼にしようか。どっか、いいところは…?」
場所を探そうと周りを見ると、ギャラリーがいっぱい。
うわ!
「お〜い、もうおしまいか?」
「ねぇ、ママ、お姉ちゃん強いね」
「そうね、面白かったわね」
「最後は仲直りのキスだぜ」
周囲に気がついた途端に、ギャラリーから冷やかしや声援が飛び交った。
あわわわ!全然気付いてなかった!集中しすぎてたわ!
二人とも真っ赤になって立ち尽くしてたけど、
我に帰った私はシンジの手を引っつかんで、駆け出したの。
方向はわかんないけど、とにかく逃げなきゃ!
走り去る二人の背に惜しみない歓声と拍手が注がれたけれど、
今回ばかりはカーテンコールには応えられないわ!
「はぁ…、アンタのせいよ、馬鹿シンジ。ちょっとは周りに目を配りなさいよ」
「アスカだって、同じじゃないか」
私はシンジと顔を見合わせた。
「ぷっ!」
「ははは」
噴水のある広場だった。
人が少ないから、ここで立ち止まったんだけど、私たちの笑い声に何人かがこっちを見たわ。
でも、これくらいのギャラリーなら気にならない。
それよりも、シンジとのやり取りが楽しい。
なんか、テスト明けに映画館に(眠りに)行った時の事を思い出したわ。
う〜ん、あのままシンジと接していたら、今頃二人は…、
なぁんて考えていても、仕方がないわ。
とにかく、今日は今日で楽しんでやるんだから!
「ねえ、お弁当食べよ」
「そうだね。ここでいい?」
「いいわ!」
今日はお弁当をそれぞれ作ってきたの。
それで交換して食べるのよね。
普通のデートだったら、女の子が全部作ってくるんだろうけどね。
シンジは特別だから。だって、あの料理の腕は特別だもん。
今日だって、全部作るって言ったんだけど、さすがに私は許さなかったの。
だって…、だって…、シンジに食べて欲しいのよ。
シンジが精神的に復活して…、というよりも、
レイと付き合うようになってから、お食事会は自然消滅しちゃってるのよね。
だから、今日だけは食べて欲しかったの。
毎日、レイのお弁当を食べてるんだから、今日くらいはね。
「どう?腕上がったでしょ」
「うん、まだ特訓中?」
「しっつれいね!一日に一品は作ってるわよ!」
「ごめん。サンドイッチが強烈だったから」
「あれは初めてだったから。あ、あの時言ってた幼馴染って、マナって子のことよね」
大丈夫だよ、マナ。
かなり舞い上がってるのは事実だけど、アンタのことを忘れてるんじゃないからね。
「あ、うん、そう…マナのことだよ。
わざと変なのを作っていじめられてるんだと思ってた、最初は」
「ふ〜ん」
「でも、僕の母さんに教えられても巧く作れないことがわかったから…。
だから、僕が料理を覚えたんだ。母さんに教わって」
え、それって…それって、シンジ…?
「これからこんなの食べさせられ続けるのなんて、イヤだったから。
僕が作ったらいいんだって思ったんだ。マナも喜んでくれたし」
「ねえ、それってさ…、将来、マナと結婚するって気持があったって事?」
「へ?何でそうなるのさ」
「だって、マナの料理を食べるより、
マナに自分の料理を食べさせようって思ったんでしょ。
じゃ、そういうことになるんじゃないの?」
「え…、そうなるのかな…?」
「アンタ、自分のことでしょうが。もう!ふふふ」
「何だよ。急に笑い出して」
「マナが生きてて、この光景を見たら凄いことになりそうね」
「あ、そうかも。でも、アスカだったらマナといい勝負してると思う」
「それって、美しさよね!」
「いや、鉄拳が…」
そうくると思ってた。お約束どおり、一発脳天にかましてあげたわ。
どう?マナ、こんなのでいい?
私は、律儀に約束を守ってシンジの膝の上に置かれているお猿さんに問い掛けた。
お猿さんは口は聞けないけど、頷いたように感じたわ。
もうすぐ春。
そんな暖かいお昼のひと時だったの。
Act.34 ホワイトデーは2人と1霊で ―終―
<あとがき>
こんにちは、ジュンです。
第34話です。『ホワイトデーとパニック』編の前編になります。
ここまで来て二人の会話に初めて『マナ』という名前が出てきます。
忘れてただろ!いえいえ、ここでそういう話になると、6年前のSS構成会議で決めていたんですよ。
え?この作品はこの10月に思いついたって書いてあるって。あ、はい、それは確かにそうなんですけど…。
ほ、ホントですってば。レイの登場が少し早まったから、この件を抜かしたまま放置してたなんて、そんな…。
へへぇ〜!ごめんなさい、洩れてました。
お詫びにアスカ様にシンジを3発殴らせましたので、それでご勘弁を。
あ!私は殴らないで!シンジみたいな回復力ありませんから!血圧も低いんですよ〜。